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Hall of Fame
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MLBのカードを集めています。
メインの収集対象は殿堂入り選手のAUTOです。
もちろんそれ以外の往年の名選手、現役スター選手、
期待のルーキーなどもできる限り収集していこうと思ってます。
このブログではコレクション、開封結果などを掲載していきます。
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トニー・ペレス (Tony Pe'rez)

2012/05/18 22:25
ビッグレッドマシーンのリーダー
一塁手 1964-1986年 2000年殿堂入り

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ビッグレッドマシーンこと1970年代レッズの
中心選手の一人で、主に5番一塁手を担いました。

強力な上位打線に恵まれたこともありますが、
67年からの11年連続90打点以上、
通算7度の100打点以上と勝負強さを発揮。

69年には37本塁打、122打点を
70年には40本塁打、129打点をあげるなど
爆発したシーズンもありましたが、
長く安定した存在であったことが彼の能力で、
引退は86年、44歳の年でした。

主な記録:打率.279、2732安打、379本塁打、1652打点、
オールスター7回、他

何より打力を求められる一塁手として、殿堂入りに
相応しいかは際どい数字ではあり、実際の殿堂入りも遅れました。
彼の場合やはりビッグレッドマシーンの中軸を担った、
という実績が大きく殿堂入りを後押ししたと言えるでしょう。
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カールトン・フィスク (Carlton Fisk)

2012/05/17 23:11
二色のソックス
捕手 1969-1993年 2000年殿堂入り

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レッドソックスとホワイトソックス、
「二色のソックス」を履いてプレーした名捕手。

デビューはレッドソックス。
1972年に打率.293、22本塁打、リーグ1位の9三塁打で
史上初の満票新人王を獲得します。

75年は故障に苦しみますが打率.331を残します。
ワールドシリーズ第6戦では延長12回にサヨナラ本塁打を放ち、
ポール際へ飛んだ飛球に対する「入れ入れ」のジェスチャーで
球史に残る一発となりましたが、「バンビーノの呪い」までは
解くことができませんでした。

81年、契約手続き上の不備からFA認定され、
ホワイトソックスに移籍します。

85年には37歳にして37本塁打、107打点と活躍。

頑強な捕手として球史に名を刻みました。

主な記録:打率.269、2356安打、376本塁打、1330打点、
新人王、ゴールドグラブ1回、オールスター11回、他

捕手としての本塁打記録はマイク・ピアザに、
出場記録はイバン・ロドリゲスに抜かれるなど、
相対的に見て歴代捕手としての位置づけは下がりつつ
ありますが、誰よりもインパクトのある一発を放っていることなど、
その絶対的な存在感が下がっているわけではありません。
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ロビン・ヨーント (Robin Yount)

2012/05/16 22:35
Rockin' Robin
遊撃手 1974-1993年 1999年殿堂入り

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史上唯一遊撃手と中堅手という2つのポジションで
MVPを獲得したブルワーズ史上最高の選手。

1973年に全米ドラフト3位でブルワーズに指名されると
74年に18歳で正遊撃手に抜擢されます。

デビューから数年は守備こそ評価されますが、
打撃は平凡で、78年オフにはプロゴルファーへの転身を
考えるようにまでなってしまいました。

しかし80年にリーグ1位の49二塁打を放つなど打撃開眼。
82年には210安打、46二塁打で1位、打率.331、29本塁打、
114打点、129得点と活躍しMVPを獲得します。

順調なキャリアでしたが84年に肩を手術し、85年に外野へ転向。

その後も打棒は衰えず89年に打率.318、21本塁打、103打点で
2度目のMVPを獲得しました。

主な記録:打率.285、3142安打、583二塁打、251本塁打、
1406打点、271盗塁、1632得点、MVP2回、最多安打1回、
ゴールドグラブ1回、オールスター3回、他

プロゴルファーへの転身のほか、89年オフにはエンゼルスへの
移籍が取りざたされるなどの話もありましたが、
ブルワーズに骨を埋めるキャリアとなり、
MLBを代表するフランチャイズプレイヤーの称号も得ています。
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ノーラン・ライアン (Nolan Ryan)

2012/05/15 23:13
The Express
投手 1966-1993年 1999年殿堂入り

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不滅の5714奪三振、そして7度のノーヒットノーランを誇る稀代の剛腕。

1966年にメッツでメジャーデビューしますが、制球難に苦しみ
思うような結果を残せませんでした。
それでも69年のミラクルメッツの一員として世界一に貢献はします。

72年にエンゼルスに移籍してからが彼のキャリアの真骨頂。
19勝、329奪三振で奪三振王を獲得。「カリフォルニア・エキスプレス」の
異名を与えられ、翌73年には21勝、歴代最多の383奪三振、
さらには2度のノーヒットノーランを達成します。

エンゼルス在籍の8年間で7回の奪三振王を獲得し、
FAで当時最高の年俸100万ドルでアストロズと契約。

81年に防御率1.69で最優秀防御率を獲得。
83年にウォルター・ジョンソンの奪三振記録を更新します。
その後一旦スティーブ・カールトンに抜かれますが、
再び抜き返すというハイレベルな競争も展開します。

89年にレンジャーズへ移籍、12年ぶり6度目の300奪三振越えで、
通算5000奪三振にも到達します。

91年に44歳4カ月で自身7度目のノーヒットノーランを達成。

これだけの投手でありながらサイ・ヤング賞を
獲得することはありませんでしたが、
「オール・センチュリー・チーム」の投票では投手部門堂々1位。
史上最高級の投手であると誰もが認めています。

主な記録:防御率3.19、324勝、5714奪三振(1位)、61完封、
最優秀防御率2回、最多奪三振11回、オールスター8回、他

40歳を超えてなお剛速球を投げ続けられたのは
科学的トレーニングを徹底した結果であり
彼の「ピッチャーズバイブル」は投手にとって
まさに「バイブル」となっています。
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オーランド・セペダ (Orlando Cepeda)

2012/05/14 22:34
ベイビー・ブル
一塁手 1958-1974年 1999年殿堂入り

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「プエルトリコのベーブ・ルース」と呼ばれた
父ペドロが「ブル」と呼ばれていたことからついた
ニックネームが「ベイビー・ブル」。

1958年、ジャイアンツでデビューすると打率.312、25本塁打、
96打点、リーグ最多の38二塁打で新人王に選ばれます。

61年には46本塁打、142打点で二冠王を獲得。

順調に実績を積み重ねますが、65年に故障し、
66年途中にカージナルスに放出されます。

しかしそこで奮起し、67年に自己最高の打率.325、111打点で
打点王、ナ・リーグ史上初の満票MVPに輝きました。

主な記録:打率.297、2351安打、379本塁打、1365打点、
MVP1回、新人王、本塁打王1回、打点王2回、
オールスター7回、他

引退後の人生は波乱万丈で、選手時代の晩年から
マリファナを使用、引退後には密輸に関与したとして
逮捕までされます。
親子二代に渡るプエルトリコの野球の英雄だっただけに、
故郷での反発は特に激しいものがありました。
しかし古巣のジャイアンツが広報担当として
セペダを採用、セペダもそれに応え、青少年への
薬物乱用防止キャンペーンや刑務所の慰問、
エイズ患者のスポーツ参加などに積極的に貢献し、
その評価を取り戻して見せました。
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ジョージ・ブレット (George Brett)

2012/05/13 22:13
Gorgeous George
三塁手 1973-1993年 1999年殿堂入り

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ロイヤルズ史上最高の選手にして、史上有数の名三塁手。

1971年にドラフト二巡目で入団、74年に正三塁手となり、
75年にリーグ最多の195安打、13三塁打と頭角を現します。

76年、二年連続での最多安打、最多三塁打に加え打率.333で
首位打者を獲得、スーパースターへの階段を歩み始めます。

80年は故障もありましたが、シーズン終盤まで打率4割をキープ、
テッド・ウィリアムズ以来の4割打者の期待もかかりましたが、
最終的には.390に終わります。
しかし当然の首位打者、出場試合数を超える118打点を記録、
ロイヤルズ初優勝の中心選手としてMVPを獲得。
リーグ優勝決定戦でも第3戦の決勝3ラン、ワールドシリーズでも
24打数9安打と活躍しますが世界一には届きませんでした。

しかし85年に打率.335、30本塁打、112打点をあげ、プレーオフでも
活躍、悲願の世界一をつかみ取りました。

90年にも首位打者を獲得し、70年代、80年代、90年代の3年代で
首位打者を獲得したただ一人の選手となりました。

主な記録:打率.305、3154安打、317本塁打、1595打点、1583得点、
665二塁打、MVP1回、首位打者3回、最多安打3回、
最高出塁率1回、ゴールドグラブ1回、オールスター12回、他

83年7月24日のヤンキース戦、9回表2アウトから逆転3ランを
放ちますが、相手監督のビリー・マーチンに、既定の箇所以外に
松脂を塗ったバットを使用していると指摘され、アウト判定になり
試合終了となります。
しかしア・リーグ会長の裁定でこのアウトが取り消しになり、
25日後の8月18日に試合再開となりました。
これが有名な「パインタール事件」ですが、
この事件の当事者であったブレットの評価は下がることなく
、堂々有資初年度で殿堂に選ばれています。
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ドン・サットン (Don Sutton)

2012/05/12 22:23
Black & Decker
投手 1966-1988年 1998年殿堂入り

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23年のメジャー生活で一度も故障者リストに入らず、
現役当時の全26球団から白星を挙げた大投手。

1966年、多数の名投手を輩出したドジャースでデビューすると、
いきなり12勝、209奪三振と活躍します。

以後17年連続二桁勝利、69年からは8年連続15勝以上と
長く太く活躍しますが、同時代には大投手達が
凌ぎを削っていたことからタイトルには恵まれず、
80年の最優秀防御率1度に留まります。

その80年を最後にドジャースから離れ、各球団を
渡り歩き、キャリアを積み重ねていきます。

86年には41歳にして15勝をあげるなど晩年にも活躍。

通算21回の二桁勝利、オールスター通算8イニングで無失点、
そして通算324勝と輝かしい実績を残しました。

主な記録:防御率3.26、324勝、3574奪三振、756先発、
58完封、最優秀防御率1回、オールスター4回、他

素晴らしいキャリアを送りましたが、殿堂入りには少し時間が
かかりました。爆発力に欠け、タイトルと縁がなかったことが
それに影響したのでしょうが、通算で見れば史上有数の
大投手であることは間違いありません。
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